醤油の歴史

 

体に良いとして注目される発酵食品、熟成食品の一つである万能調味料 「しょうゆ」。日本人の食生活に密着していながら、詳細はあまり知られていません。ルーツについては定説がありませんが、遙か昔に中国に伝わ る醤(ひしお・ジャン)であるといわれています。もともと原料を塩漬けにし て保存したのが始まりで、果実、野菜、海草などを材料にした「草醤(くさび しお)」、魚や肉を使った「魚醤(うおびしお)、肉醤(ししびしお)」穀物を原 料とする「穀醤(こくびしお)」などがありました。しょうゆはその中でも米・ 小麦・大豆を使用した穀醤が原型と考えられています。鎌倉時代には禅 僧、覚心(かくしん)が宗(中国)から径山寺(きんざんじ)味噌(未醤)の製 法を持ち帰ってきて、紀州湯浅でその製法を教え、その味噌桶の底に溜 まった醤がとても美味しかったことから、その液を調味料として使い始め、 今でいう溜しょうゆの原型となったといわれています。その後も独自に進 化・発展。記録によれば、1588年(天正16年)には、紀州から100石(約 18,000リットル)のたまり醤油が大阪に送られ、大阪の町人衆の間で日 用品として使われていたことが分かっています。一方関東では、しょうゆは 伝わっていたものの製造には至らず、上方(関西)から運ばれてきたもの を使っていました。都から運ばれることから「下りしょうゆ」と呼ばれ、珍重 されていたといわれます。 紀州湯浅から発生した醤油は除々に日本全国に伝わり、江戸時代、江 戸、京都、大坂等の大都市の周辺部や大量輸送手段であった海上交通 の要衝(小豆島など)に大規模な醤油蔵が出現して、現在の大手メーカー の礎となりました。
一方、地方の農村部では農民達が自分達が作った大 豆・小麦を利用して手前味噌ならぬ「手前醤油」を作って自慢したものです。やがて、そうした農村部でも貨幣経済が浸透して、地元の有力者達が醤 油造りを一手に請け負い増産体制を築きました。一部の大手メーカーを 除いて、現在残っている約1,500社の醤油メーカーのほとんどがこの様 にして、江戸時代から明治初期にかけて創業しています。当社もこのよう にして明治3年に創業いたしました。